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熊本家庭裁判所高森出張所 昭和31年(家イ)25号 審判

申立人 崔龍夫(仮名)

相手方 崔二守(仮名)

主文

相手が昭和一二年四月○○日熊本県○○郡○○村長に対する届出によりなした申立人に対する認知は無効であることを確認する。

理由

本件申立の要旨は申立人は亡崔チノ(旧姓川原)と亡藤井三郎との間の婚姻外の子として生れたものであるが実母が相手方と婚姻するに際り所謂連子として相手方に扶養されるようになつたところ、相手方は全然血縁のない申立人を認知したのであるがその認知は無効であるから、その確認を求めるというのである。

本件について開かれた調停委員会の調停において、当事者間に合意が成立し、相手方は申立人の主張事実全部につき争がないと陳述した。

よつて審按するに申立人と相手方は何れも外国人であるから適用すべき法律選択即ち準拠法が問題となるが法例第十八条によれば認知は父の本国法によることになつておるので認知当時父なる相手方の本国法によるべきことになる。

そこで相手方の本国法が如何なる法律であるかにつき考えるに認知当時である昭和一二年四月三〇日頃は在日朝鮮人に対しては共通法第二条、法例及び朝鮮民事例が適用され認知に関しては旧民法が適用されていたのである。

しかしながら昭和二七年四月二八日平和条約の発効により在日朝鮮人は日本の国籍を喪失し朝鮮民事例は失効したので今ここにこれを実定法として適用することはできないから本件に適用すべき法律はないことになり結局条理によつて判断するの外ないことになる。

そうだとすれば本件のような身分上の関係はその者の本国である大韓民国で施行せられている現在の身分法を参酌して決することが最も事理に適したものと思れるが当裁判所が調査したところによると現在大韓民国においては身分法について成文法がなく日本国の旧民法に準ずる内容の慣習法が行われていることが認められる。従つてこの慣習法と同一の基準を本件に適用すべき相手方の本国法と認めるのが最も条理に適したものといはざるを得ない。

而して旧民法第八百三十四条には子其の他の利害関係人は認知に対し、反対の事実を主張することを得と規定し、現行民法第七百八十六条にも全く同様の規定があるから申立人の本件申立は適法である。

進んで当裁判所は必要なる調査及び当事者並びに参考人を審問したところ本件記録に綴じてある筆頭者川原朝吉の除籍謄本によれば姪孫として龍夫、昭和四年八月○○日生、母川原チノの男とあり、その事項欄には本籍に於て出生、母川原チノ届出、昭和四年八月○○日受付入籍、父慶尚南道○○郡○○○○村里○○○番地崔二守認知届出昭和一二年四月○○日熊本県○○郡○○村長受付同年六月○○日送付、昭和一二年七月○○日入籍通知に因り除籍。と記載してあり申立人が川原チノの男として生れた日本人であつたがその謄本に記載してあるように相手方の認知により朝鮮人として川原朝吉の戸籍から除籍されたことが窺知されるのである。

ところが当事者並びに参考人佐藤勝美を審問した結果によれば申立人はその主張の通りその母チノと亡藤井三郎と内縁関係中に懐胎されたが、その出生前に実父三郎が死亡したので上記の通りチノの男として入籍され、その後チノは申立人を連れ婚家を去り日稼ぎ等をなして生計を樹てているうちに昭和一一年春頃不図したことから相手方と知合い申立人を連子として内縁關係を結ぶようになつたが同棲後相当期間を経過しても同女に姙娠の徴候がないところから両人の間には子宝に恵れないものと速断し且つ相手方は骨を日本に埋むる覚悟であつたのでチノと相談の上申立人を実子として入籍しておいた方が情愛も濃やかであろうという浅はかな考えから全く血縁のない申立人に対する認知届を提出し前示除籍謄本の記載内客が戸籍の原本に記載された事実が肯認できる。

果してそうだとすれば相手方が全く血縁のない申立人に対してなした認知は無効であり且つ申立人にとつては現に本件の無効確認を求める実益も存在するので申立人の本件申立はこれを正当として認容することとし主文の通り審判する。

(家事審判官 森岡光義)

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